不登校になると、家で過ごす時間が一気に増える。 最初は「学校に行かなくていい」という解放感があっても、時間が経つにつれて、家で一人きりの時間が長くなる。 僕もその一人だった。
この記事では、僕が不登校の時に家で一人で過ごしていた“リアルな時間”と、その時に感じていた“本音の気持ち”を紹介していきます。
1. 家で一人で過ごす時間は「自由」と「孤独」が同時にある
不登校の僕は、毎日ほとんど家にいた。 朝起きても学校に行かない。 家の中は静かで、時間だけがゆっくり流れていく。
一人で過ごす時間は、自由でもある。 好きなゲームをしたり、動画を見たり、ブログを書いたり自分のペースで過ごせる。 誰にも邪魔されないし、誰にも気を使わなくていい。
でもその自由の裏側には、いつも“孤独”があった。
ゲームに集中している時は、正直あまり寂しさを感じない。 画面の中に夢中になっている間は、心がそっちに向いているからだ。
だけど、ふとゲームをやめた瞬間、 コントローラーを置いた瞬間、 画面を閉じた瞬間、
急に静けさが戻ってきて、 その静けさが胸の奥に刺さるように感じる。
「なんか…寂しいな」
そう思うことが何度もあった。
2. 親が帰ってきても、なぜか“寂しい”は言えない
夕方になると、親が仕事から帰ってくる。 玄関の音がして、「ただいま」と声が聞こえる。
僕は「おかえり」と返す。 それだけ。
本当は、 「一人で寂しかった」 「誰かと話したかった」 そんな気持ちが少しあるのに、口には出せない。
親に「寂しかった?」と聞かれても、 僕はいつも「いや、普通」と答えてしまう。
なぜかと言われると、自分でもよくわからない。
でも今思うと、いくつか理由がある気がする。
3. 本音を言えない理由①:弱いと思われたくない
「寂しかった」と言うと、 なんだか弱い自分を見せるような気がしてしまう。
不登校になっている時って、 ただでさえ自分に自信がなくなっている。
だからこそ、 「寂しい」と言うことで、 さらに弱い自分を認めるのが怖かった。
4. 本音を言えない理由②:心配をかけたくない
親は僕のことを心配してくれている。 それはわかっている。
だからこそ、 「寂しかった」と言ったら、 もっと心配させてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「普通」と答えておけば、 余計な心配をかけずに済む。
そんな気持ちがどこかにあった。
5. 本音を言えない理由③:自分でも気持ちがよくわからない
これが一番大きいかもしれない。
僕は本当に寂しいのか? それともただ暇なだけなのか? 誰かと話したいのか? それとも一人でいたいのか?
自分の気持ちがはっきりしない。
だから、親に聞かれても答えようがない。 「普通」と言うのが一番楽だった気がする。
6. 一人でいるときの“寂しさ”は、誰かと比べる必要はない
不登校の時の寂しさって、 友達がいないとか、 誰とも話していないとか、 そういう単純な理由だけじゃない。
「自分だけ止まっている気がする」 「みんなは学校で過ごしているのに」 「自分は何をしているんだろう」
そんな気持ちが混ざって、 言葉にしづらい寂しさになる。
これは、誰かと比べる必要はない。 あなたが感じた寂しさは、あなたのもの。 それでいい。
7. 僕が気づいたこと:寂しさは“悪いもの”じゃない
不登校の時、寂しさを感じると、 「こんな気持ちになる自分はダメだ」と思っていた。
でも今は、そう思わない。
寂しさは、 「誰かとつながりたい」 「安心したい」 「話したい」
そんな自然な気持ちのサイン。
寂しさを感じることは、弱さじゃない。 むしろ、人として当たり前のこと。実際僕も最初は弱さだと思っていた。
8. 最後に:本音を言えなくても、自分を責めなくていい
親に本音を言えなくてもいい。 寂しいと言えなくてもいい。 自分の気持ちがわからなくてもいい。
不登校の時って、 心がいろんな方向に揺れているから、 気持ちがはっきりしないのは普通。
大事なのは、 「言えない自分を責めないこと」。
あなたが感じたことは、全部本物。 そして、言葉にできない気持ちがあっても、それでいい。
あなたはちゃんと頑張っている。 一人で過ごした時間も、寂しさも、全部あなたの大切な経験です。
参考になれば幸いです。
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