不登校になると、学校に行っていた頃とは生活リズムが大きく変わる。特に「昼ごはん」をどうするかは、意外と多くの人が悩むポイントだと思う。僕自身も不登校だった時期があり、その中で昼食の取り方は日によって変わったし、親との関わり方にも影響していた。
また、当時の僕がどんなふうに昼ごはんを食べていたのか、リアルな体験をそのまま紹介していきます。
1. 親が作ってくれた弁当から始まった昼ごはん生活
不登校になったばかりの頃、僕は心も体もしんどくて、生活のほとんどが「とにかく休むこと」で精一杯だった。そんな状態だったから、昼ごはんを自分で用意する気力なんて当然なかった。 そこで最初のうちは、親が学校に持っていくはずだった弁当をそのまま作ってくれていた。
朝、僕が起きられなくても、テーブルの上に弁当が置いてあって、温めればすぐ食べられるようになっていた。
今思えば、親も毎日弁当を作るのは大変だったと思う。僕が学校に行っていないのに、同じように弁当を作り続けるのは、精神的にも負担があったはずです。それでも「食べないと余計にしんどくなるから」と言って、しばらくの間は弁当を作り続けてくれた。その気持ちは今になってようやく理解できる。
2. 弁当からワンプレートランチへ変化した理由
しばらくすると、弁当から「ワンプレートランチ」に変わった。 これは親が「弁当箱に詰めるより、皿に盛るほうが楽だから」と言っていたけれど、実際は僕の生活リズムに合わせてくれた結果だと思う。
弁当だとどうしても「昼に食べるもの」というイメージが強い。でも僕は昼過ぎまで寝てしまう日もあったし、逆に朝早く目が覚めてしまう日もあった。ワンプレートなら、僕が起きたタイミングで温めて食べられる。 親にとっても、弁当箱を洗う手間がなくなるし、作る側の負担が少し軽くなる。お互いにとってちょうどいい形だった。
ワンプレートの内容は、前日の残り物をアレンジしたものや、簡単に作れる炒め物、冷凍食品を組み合わせたものが多かった。豪華ではないけれど、温かいご飯があるだけで安心できた。
3. 調子が戻ってきて、自分で作る昼ごはんへ
不登校の期間が続く中で、少しずつ心の調子が戻ってくる瞬間があった。 「今日はなんとなく動けそうだな」と思える日が増えてきた頃、僕は自分で昼ごはんを作るようになった。
最初は本当に簡単なものからだった。 インスタントラーメン、レトルトカレー、冷凍チャーハン。 火を使うのが怖い日は、パンを焼くだけで終わることもあった。
でも、自分で作ったものを食べると、ほんの少しだけ自信がついた。 「今日はこれができた」という小さな達成感が、次の日の気力につながることもあった。
料理ができる日は、心が少し元気な日。 逆に作れない日は、無理をしない日。 そんなふうに、自分の状態を知る目安にもなっていた。
4. 不登校の昼ごはんは「正解がない」
振り返ってみると、不登校の時期の昼ごはんは本当にいろいろだった。 弁当の日もあれば、ワンプレートの日もあり、自分で作る日もあった。 そして、何も食べられない日だってあった。
でも今思うのは、「どれも間違いじゃなかった」ということだ。 その時の自分にできる範囲で食べていたし、親もできる範囲で支えてくれていた。 不登校の昼ごはんに正解なんてない。 大事なのは、その時の自分が無理なく続けられる形で食べることだと思う。
まとめ
不登校の僕が昼ごはんをどうしていたかというと、
- 最初は親が弁当を作ってくれていた
- 親の負担も考えてワンプレートランチに変わった
- 調子が戻ってきた頃に自分で簡単な料理(カレー、オムライス、チャーハン)などを作るようになった
という流れだった。
昼ごはんはただの食事じゃなくて、当時の僕にとっては「生活のリズム」や「心の状態」を映す鏡のようなものだった。
後日、親にお弁当からワンプレートになぜ変えたのかと聞いたら親はお弁当は学校で食べるものだからワンプレートに変えたら学校に行かなくていいよというメッセージになってプレッシャーをかけずに済むと思ったかららしいです。
僕も実際最近聞いてなるほどと思いました。確かにそうだったかもしれません。
また、この記事が、同じように悩んでいる人や、その家族の参考になれば嬉しいです。
↓次に読んでほしい記事↓
コメント