不登校になったとき、僕自身も苦しかったけれど、親も同じように悩んでいたと思う。 「どう支えればいいんだろう」 「無理させたら悪化するかもしれない」 「でも、このままで大丈夫なのかな」 そんな不安を抱えながら、それでも僕を支え続けてくれた。
ここでは、不登校だった僕に親が実際にしてくれたことを、できるだけ正直に書きます。どれも特別なことではないけれど、僕にとっては“回復のきっかけ”になった大切な行動です。
1:無理に学校へ行けと言わなかった
僕がしんどくて動けなくなっていた時、親は一度も「学校に行け」と言わなかった。 むしろ、
- 「行かなくていい」
- 「生きて笑っていてくれたらそれでいい」
と、僕の存在そのものを肯定してくれた。
この言葉がなかったら、僕はもっと自分を責めていたと思う。 “行けない自分”を許せなかった僕にとって、この言葉は本当に救いだった。
学校に行けないことよりも、 僕が苦しんでいることの方が何倍もつらかったんだと思う。
親が「行かなくていい」と言ってくれたことで、僕はようやく一息できるようになった気がいます。
2:病院へ連れて行ってくれた
完全に不登校になって二か月後、親は僕をメンタルクリニックへ連れて行った。 僕は「どこも悪くない」と言い張っていたけど、親は僕の限界に気づいていたんだと思う。
診断がついたことで、
- 「自分は怠けてるんじゃない」
- 「ちゃんと理由があったんだ」
と少しだけ納得できた。
病院に行くのは勇気がいるし、当時の僕にはその勇気がなかった。 だから、親が動いてくれなかったら、僕はずっと苦しいままだった。
診断は“病名をつけるため”じゃなくて、 僕が自分を責めないためのきっかけになったかもしれません。
3:気分転換に連れ出してくれた
僕が少し元気な日は、親はよく外に連れ出してくれた。
- ビッグパフェ
- USJ
- 肉を食べに行く
- 電車で遠出
親はよく 「平日に遊べるなんて今しかない」 と言っていた。
最初は気分転換どころじゃなかった。 外に出るだけで疲れるし、人の目も怖かった。
でも、少しずつ外に出ることで、 心が軽くなる瞬間が増えていった。
「外に出ても大丈夫なんだ」 「楽しいと思える瞬間がまだあるんだ」 そう思えるようになったのは、親が連れ出してくれたおかげかもしれないです。
4:送り迎えをしてくれた
学校に行ける日でも、電車には乗れなかった。 だから親が毎回送り迎えしてくれた。
当時の僕は、
- 「迷惑かけてる」
- 「申し訳ない」
そんなことを考える余裕すらなかった。
でも親は 「今はこれでいい」 と言ってくれた。
送り迎えがなかったら、僕は単位すら取れなかったと思う。 親のサポートがあったからこそ、少しずつ学校に戻ることができた。
送り迎えはただの移動じゃなくて、 「一緒に乗り越えよう」というメッセージだったと思います。
5:僕のペースを尊重してくれた
親はいつも、
- 「今日はどうしたい?」
- 「無理なら休んでいいよ」
と、僕のペースに合わせてくれた。
焦らせることも、責めることもせず、 ただ僕の状態を見ながら寄り添ってくれた。
そのおかげで、 「自分のペースで生きていいんだ」 と思えるようになった。
不登校の時期は、どうしても「遅れている」と感じてしまう。 でも親が僕のペースを尊重してくれたことで、 “比べなくていいんだ”と気づけた。
最後に|親の行動が、僕の回復の土台になった
不登校の時期は、僕自身も苦しかったけど、親も同じように悩んでいたと思う。 それでも、
- 無理をさせない
- 支える
- 見守る
- 寄り添う
この4つをずっと続けてくれました。
今思えば、あの時の親の行動がなかったら、 僕はここまで回復できていなかった。
不登校の子どもにとって、親の存在は本当に大きい。 そして、親の行動は“子どもの未来を変える力”を持っています。
この文章が、同じように悩んでいる人の少しでも支えになればうれしいです。
参考になれば幸いです。
↓次に読んでほしい記事↓
コメント