不登校だった僕の毎日|学校に行けなかった時の過ごし方と気持ちの変化

不登校の時期は、心も体も限界に近い状態になりやすい。 「なんで自分だけ行けないんだろう」「この先どうなるんだろう」 そんな不安や孤独を抱えながら過ごしている人は多いと思います。僕も実際その一人でした。

僕が学校に行けなかった時の毎日の過ごし方や当時の気持ちの変化を紹介していきます。 同じように悩んでいる人にとって少しでも安心につながれば嬉しいです。

1.「なんで俺は学校に行けないんだ」毎日自分を責めていた

学校に行けなかった頃の僕は、とにかく自分を責めていました。

「なんで俺は学校に行けないんだ」 「もう俺なんてこの先生きていけないんだ」

そんな弱音ばかりが頭の中をぐるぐる回っていました。

朝になると、体が重くて布団から出られない。 学校のことを考えるだけで胸が苦しくなる。 行こうとしても足がすくんで動けない。

そんな自分が情けなくて、また落ち込む。 この悪循環から抜け出せず、毎日がしんどかった。

2. 狭い場所に丸まって気持ちを落ち着かせていた

学校に行けなかった日は、気持ちが不安定になって僕はよく狭い場所に丸まっていました。

例えば、クローゼットの隅や、部屋の角、こたつの中。 暗くて狭い場所にいると少しだけ安心できた気がする。

「ここにいれば誰にも見られない」 「ここなら落ち着ける」

そんな気持ちがあったんだと思います。

今思えば、それは自分なりの“心の避難場所”だったのかもしれませんね。

3. 親に言われた言葉が少しだけ救いになった

学校に行けなかった日、親に泣きながら弱音を吐いたことがあります。

「なんで行けへんの」 「たった一日行けへんかっただけよ」 「少しずつでいいから、行けると思ったらまた行ってみたら?」

その言葉を聞いた時、正直イラッとしたし「分かってないな」と思ったこともありました。

でも今振り返ると、 “責める”というより“励まそうとしてくれていた”んだと分かる。

あの時は受け止める余裕がなかったけど、 親の言葉が完全に僕を否定していたわけじゃなかった。

少しだけ、ほんの少しだけ、心が軽くなった瞬間もあった気がする。

4. 学校のことを忘れたくて、好きなことに逃げていた

学校に行けなかった日は、 とにかく“学校のことを忘れたかった”。

僕が実際にやっていたのはこんなこと。

  • 好きなゲームをする
  • 外を散歩する
  • プログラミングの勉強をする
  • 音楽を聴く
  • YouTubeを見る

特にゲームと散歩は大きかった気がする。

ゲームは現実を忘れられるし散歩は外の空気を吸うだけで気持ちが少し軽くなるような感じがした。

プログラミングは「自分にもできることがある」 と感じられる時間だった。

逃げていたと言われればそうかもしれない。 でも、あの時の僕には“逃げる時間”が必要だったと思う。

もしその時間がなかったら僕はダメだったかもしれないと思う。

 5. 気持ちは毎日揺れ動いていた

不登校の毎日は、同じようで全然同じじゃなかった。

  • 行けそうな日もあった
  • 玄関まで行って無理だった日もあった
  • 朝から涙が止まらない日もあった
  • 何も感じない日もあった

気持ちは毎日揺れ動いて「昨日できたことが今日はできない」 なんてことも普通にあった。

でも、それでいいんだと思う。

心はスイッチみたいに急に切り替わらない。だから、ゆっくりゆっくり変わっていくものだとおもいます。

まとめ:行けない日があっても、それで終わりじゃない

不登校だった頃の僕は、 「行けない自分はダメだ」と思い込んでいました。

でも今振り返ると、 行けない日があってもそれで人生が終わるわけじゃないと思った。

  • 自分を責めてしまう日があってもいい
  • 狭い場所で丸まってもいい
  • 好きなことに逃げてもいい
  • 行ける日が来るまで休んでもいい

大事なのは、 “自分のペースで少しずつ進むこと”です。

同じように悩んでいる人の心を少しでも軽くできたら嬉しいです。

参考になれば幸いです。

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