不登校の僕に親が実際にしてくれたこと5選|回復のきっかけになったサポート

不登校になったとき、僕自身も苦しかったけれど、親も同じように悩んでいたと思う。 「どう支えればいいんだろう」 「無理させたら悪化するかもしれない」 「でも、このままで大丈夫なのかな」 そんな不安を抱えながら、それでも僕を支え続けてくれた。

ここでは、不登校だった僕に親が実際にしてくれたことを、できるだけ正直に書きます。どれも特別なことではないけれど、僕にとっては“回復のきっかけ”になった大切な行動です。

1:無理に学校へ行けと言わなかった

僕がしんどくて動けなくなっていた時、親は一度も「学校に行け」と言わなかった。 むしろ、

  • 「行かなくていい」
  • 「生きて笑っていてくれたらそれでいい」

と、僕の存在そのものを肯定してくれた。

この言葉がなかったら、僕はもっと自分を責めていたと思う。 “行けない自分”を許せなかった僕にとって、この言葉は本当に救いだった。

学校に行けないことよりも、 僕が苦しんでいることの方が何倍もつらかったんだと思う。

親が「行かなくていい」と言ってくれたことで、僕はようやく一息できるようになった気がいます。

2:病院へ連れて行ってくれた

完全に不登校になって二か月後、親は僕をメンタルクリニックへ連れて行った。 僕は「どこも悪くない」と言い張っていたけど、親は僕の限界に気づいていたんだと思う。

診断がついたことで、

  • 「自分は怠けてるんじゃない」
  • 「ちゃんと理由があったんだ」

と少しだけ納得できた。

病院に行くのは勇気がいるし、当時の僕にはその勇気がなかった。 だから、親が動いてくれなかったら、僕はずっと苦しいままだった。

診断は“病名をつけるため”じゃなくて、 僕が自分を責めないためのきっかけになったかもしれません。

3:気分転換に連れ出してくれた

僕が少し元気な日は、親はよく外に連れ出してくれた。

  • ビッグパフェ
  • USJ
  • 肉を食べに行く
  • 電車で遠出

親はよく 「平日に遊べるなんて今しかない」 と言っていた。

最初は気分転換どころじゃなかった。 外に出るだけで疲れるし、人の目も怖かった。

でも、少しずつ外に出ることで、 心が軽くなる瞬間が増えていった。

「外に出ても大丈夫なんだ」 「楽しいと思える瞬間がまだあるんだ」 そう思えるようになったのは、親が連れ出してくれたおかげかもしれないです。

4:送り迎えをしてくれた

学校に行ける日でも、電車には乗れなかった。 だから親が毎回送り迎えしてくれた。

当時の僕は、

  • 「迷惑かけてる」
  • 「申し訳ない」

そんなことを考える余裕すらなかった。

でも親は 「今はこれでいい」 と言ってくれた。

送り迎えがなかったら、僕は単位すら取れなかったと思う。 親のサポートがあったからこそ、少しずつ学校に戻ることができた。

送り迎えはただの移動じゃなくて、 「一緒に乗り越えよう」というメッセージだったと思います。

5:僕のペースを尊重してくれた

親はいつも、

  • 「今日はどうしたい?」
  • 「無理なら休んでいいよ」

と、僕のペースに合わせてくれた。

焦らせることも、責めることもせず、 ただ僕の状態を見ながら寄り添ってくれた。

そのおかげで、 「自分のペースで生きていいんだ」 と思えるようになった。

不登校の時期は、どうしても「遅れている」と感じてしまう。 でも親が僕のペースを尊重してくれたことで、 “比べなくていいんだ”と気づけた。

最後に|親の行動が、僕の回復の土台になった

不登校の時期は、僕自身も苦しかったけど、親も同じように悩んでいたと思う。 それでも、

  • 無理をさせない
  • 支える
  • 見守る
  • 寄り添う

この4つをずっと続けてくれました。

今思えば、あの時の親の行動がなかったら、 僕はここまで回復できていなかった。

不登校の子どもにとって、親の存在は本当に大きい。 そして、親の行動は“子どもの未来を変える力”を持っています。

この文章が、同じように悩んでいる人の少しでも支えになればうれしいです。

参考になれば幸いです。

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