〜僕が実際に感じた疑問と、あの日の気持ちも一緒に〜
「なんで通信制だけオンラインOKで、普通の高校はできないの?」
学校に行けなかった日の朝。 布団の中で、天井を見つめながら思った。
「今日も行けない。でも、授業だけでも受けられたら…」
その“たった一つの願い”が叶う通信制高校のオンライン授業。 でも、普通の高校ではそれができない。
この違いを知ったとき、胸の奥がギュッと痛んだ。
「行けなかったあの日の自分を、誰か一人でも抱きしめてくれていたら…」
1. 通信制高校は“救うために作られた仕組み”
通信制高校は 1955年(昭和30年)に制度化 された。 当時の日本には、
- 働きながら学ぶ若者
- 家庭の事情で通えない子
- 病気で長期入院している子
こうした「行きたくても行けない人」が多かった。
だから国は、 “通えない人を見捨てない学校” として通信制を作った。
法律(学校教育法第72条)では、
- 自宅学習中心でOK
- オンライン授業で単位OK
- レポート提出で評価OK
- スクーリングは年数日でOK
と、最初から柔軟に設計されている。
これを知ったとき、胸の奥がじんわり熱くなった。
「あの日の僕が欲しかったのは、まさにこれだったのに…」
2. 普通の高校は“昭和のルール”に縛られている
一方、普通の高校(全日制・定時制)は 1947年(昭和22年)に作られた学校教育法 をベースに動いている。
そこには、
- 生徒は学校に来る
- 授業は対面
- 出席=登校
- 単位は対面授業の時間で決まる
という前提がある。
当時はオンラインなんて存在しなかった。 だから制度が追いついていない。
これを知ったとき、胸の中で何かがストンと落ちた。
「ああ…だから僕みたいな子は苦しくなるんだ」
そしてふと思った。
「昭和のルールに、令和の子どもが押しつぶされているなんて…」
3. 文科省のルールが、想像以上に厳しい
オンライン授業でも“生徒の側に教員が必要”
文科省の「オンライン授業ガイドライン」(2020年)には、 驚くような条件がある。
オンライン授業を正式に認めるには、 生徒がいる場所にも教員が必要。
つまり、
- 生徒は家
- 先生は学校からZoom
この形は授業として認められない。
だから、
- 出席扱いにならない
- 単位にもできない
画面を見ながら思った。
「いや、無理でしょ…」
そして胸がズキッとした。
「制度が変わらないせいで、救われるはずの子が今日も一人で泣いている。」
通信制はこのルールの対象外だから自由にできる。 その差が、とても不公平に見えました。
4. ネット環境格差という“見えない壁”
文科省の調査(2021年度)では、 家庭に十分なネット環境がない生徒は全国で約12%。
- Wi‑Fiがない
- パソコンがない
- スマホのギガが足りない
- 兄弟で取り合い
- 親が忙しくてサポートできない
こういう家庭も多い。
普通の高校は“全員が平等に授業を受けられること”が前提だから、 オンライン化が難しい。
でも僕は思った。
「行きたかったのに、心がついてこなかっただけなんだ。」
そして、あの日の自分の姿が浮かんだ。
布団の中で震えながら、 『どうして動けないんだろう』って泣いていた僕。
5. 実技科目はオンラインじゃ成立しない
普通の高校には、
- 体育
- 美術
- 音楽
- 家庭科
- 実験を伴う理科
など、オンラインでは難しい科目が多い。
通信制はこれを スクーリング(年数日)でまとめて実施 する仕組みがあるけど、 全日制は毎週授業があるためオンライン化しにくい。
でも僕は思う。
“全部オンラインにしろ”なんて誰も言ってない。
- 行けない日だけオンライン
- 心がしんどい日だけオンライン
そんな選択肢があれば、救われる人は確実にいます。
6. 普通の高校と通信制は、そもそも“目的”が違う
普通の高校は、
- 友達づくり
- 部活
- 集団行動
- 生活指導
こうした“学校生活”も大事にしている。
でも僕は思う。
「学校生活がしんどい人はどうすればいいの?」
通信制は、 “自分のペースで学びたい人”のために作られている。
普通の高校は、 “みんな同じペースで通える人”のために作られている。
この違いが、今のオンライン格差を生んでいます。
7. 僕が本気で願っていること
僕は思う。
普通の高校も、もっと優しくなってほしい。
- 通学がしんどい日
- 心が疲れて動けない日
- 人間関係がつらい日
- 体調が悪いけど授業は受けたい日
そんな日は誰にだってある。
「今日は無理だけど、オンラインなら受けられる」 そんな選択肢があったら、 僕はあんなに自分を責めずに済んだと思う。
そして、あの日の自分に言いたい。
「行けなかった君は、弱いんじゃない。 精一杯、生きていたんだよ。」
通信制だけがオンラインOKなのは、 今の時代には合ってない。
そしていつか、 不登校の人でも“普通に”学校に通える社会 ができたらいい。
「行ける人だけが通える学校」じゃなくて、 “行けない日があっても大丈夫な学校” が増えてほしいと願っています。
↓次読んでほしい記事↓
コメント