1:最初の違和感と、再び訪れた“行けなくなる感覚”
高一の夏が終わる頃から、少しずつ学校がしんどくなっていきました。 朝起きると胸が苦しくて、学校のことを考えるだけで体が重くなる。 「またあの感じが来てるな…」と薄々気づいていたけど、認めたくなかった。
中学の時みたいに、また行けなくなるのが怖かったから。
でも、無理して通い続けた結果、十一月に完全に限界が来ました。 心も体も動かなくなって、布団から出られない日が続きました。 「行きたいのに行けない」 この感覚は何度経験しても慣れません。
親に相談すると、 「とりあえず休もう。単位のことはあとで考えたらいい」 と言ってくれました。 その言葉に救われたけど、同時に情けなさもありました。
2:休養期間と、少しずつ見えてきた“現実”
一月までは完全に休養していました。 その間、電車には乗れず、親に送り迎えしてもらっていました。 親に迷惑をかけていることすら考えられないくらい、心に余裕がなかった。
でも、先生たちは本当に優しくて、 「十分だけ出席してくれたら単位あげるよ」 と言ってくれました。
きっと先生と親が裏でいろいろ話してくれていたんだと思います。 今になって思えば、あの時の僕は周りに支えられてばかりでした。
一年の単位はなんとか取れました。 でも、四月からの生活を考えると不安しかありませんでした。
「また同じことを繰り返すんじゃないか」 「行けるようになったと思っても、また崩れるんじゃないか」
そんな気持ちがずっと頭の中にありました。
そしてその不安は当たってしまい、六月にはまた行けなくなりました。
3:転学を考え始めたきっかけ
六月に再び行けなくなった時、 「このまま全日制にいるのは無理かもしれない」 と初めて思いました。
親も同じように感じていたみたいで、 「通信制に転学するのも選択肢に入れてみたら?」 と言われました。
最初は抵抗がありました。 通信制に行く=負け みたいなイメージがあったから。
でも、よく考えたら、 “負け”じゃなくて“選び直し”なんですよね。
僕はただ、全日制という環境に合わなかっただけ。 それだけの話なのに、自分を責め続けていました。
親と一緒に通信制高校やサポート校を調べ始めました。 見学にも行ったけど、全日制とは全く雰囲気が違っていて驚きました。
- 自分のペースで通える
- しんどい日は休んでいい
- 人間関係のストレスが少ない
- 先生が柔軟に対応してくれる
「こんな学校もあるんだ」と思いました。
面接に行った時、先生に 「症状が悪化して腐る前にうちに来てください」 と言われたのが決め手でした。
その言葉を聞いた瞬間、 「あ、ここなら大丈夫かもしれない」 と初めて思えました。
4:転学先を探し始めて気づいたこと
親と一緒に通信制高校やサポート校を調べ始めました。 見学にも行ったけど、全日制とは全く雰囲気が違っていて驚きました。
- 自分のペースで通える
- しんどい日は休んでいい
- 人間関係のストレスが少ない
- 先生が柔軟に対応してくれる
「こんな学校もあるんだ」と思いました。
面接に行った時、先生に 「症状が悪化して腐る前にうちに来てください」 と言われたのが決め手でした。
その言葉を聞いた瞬間、 「あ、ここなら大丈夫かもしれない」 と初めて思えました。
5:転学を決めるまでの10ヶ月
中学の不登校から立ち直って、 「高校では頑張る」と決めて入学したのに、 また行けなくなってしまった。
その現実を受け入れるまでに、 本当に時間がかかりました。
でも、10ヶ月かけてゆっくり考えて、 「環境を変えるのは逃げじゃない」 とやっと思えるようになりました。
転学を決めた時、 不安もあったけど、それ以上に 「これで少し楽になれるかもしれない」 という安心感がありました。
最後に
全日制に通えなくなったことは、今でも悔しいです。 でも、あのまま無理していたら、もっと壊れていたと思います。
通信制高校に転学するまでの10ヶ月は、 僕にとって“自分を守るための時間”でした。
同じように悩んでいる人がいたら、 「環境を変えるのも立派な選択だよ」 と伝えたいです。
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